荒川区による自転車課税策動を弾劾する

『読売新聞』(2000/12/1朝刊)の記事。
自転車を置こうとする人にはぼかしがかかっている。これではまるで犯罪者扱いだ。
「道路を占拠する放置自転車」というタイトルも適切ではない。
これを書いた記者に「占拠」の意味を辞書で確認してもらいたいものだ.


『読売新聞』12月1日朝刊ほかで,東京都荒川区が,「放置」自転車の「撤去」などの費用捻出を口実として,区内で購入される自転車から一律1000円前後を徴収し,しかもこれを都内他自治体にも導入を呼びかけようとしていることが報じられた。もっとも区民からも,「放置」自転車対策を求める声自体はあるものの,駐輪場整備を優先すべきであるとか,区内自転車販売店の売り上げ減少につながるといった観点からの反対がなされているともいう。

だが,これはこうした次元のみで議論されるべき問題ではない。

まず前提として,何を以て「『放置』自転車」とするかという,定義の問題を避けては通れない。それ自体はつまらないものかも知れないが,これを抜きにして生産的な議論は出来ないことを,ご理解戴きたい。

いうまでもなく,駅前など多くの人が利用するところに駐輪してある自転車は,当然にも利用者の移動という合目的的行動の所産であり,決して「放置」という言葉の辞書的意味通りではない。また実際的には,駐輪禁止区域を条例に基づいて指定(条例そのものは地方議会によって制定されるが,区域指定は行政的手続きによってなされる)し,その域内に存在した自転車を指していうものである。従ってこれは政治的概念なのである。現象的存在としての「『放置』自転車」との乖離が必然であることは,最早多言を要しないであろう。このことを前提として確認しておく必要がある。この政治的概念によるものこそが「対策」の対象となるのである。

こうして,そのための費用拠出が正当化される。費用が出ればそこに利権が生まれる。利権はより大きなもの,大きくなるものが追求される。対策にかかる人件費,駐輪場建設・維持管理の費用等々がそれである。一般的な意味での土木・建設的利権に至っては最早云うまでもないことである。しかも一度造ったものには維持・管理の費用と人員も必要になるのだから,件の荒川区のみならず,公務員の間でも首切りが進められている中,彼らの出向・天下り先も当然そこに求められ,こうなればまさに,彼らにとっておいしいことずくめである。しかもその過程において,対策の対象とされた「『放置』自転車」をなくすという具体的展望はないのである。かくして彼らのためにする事業が生み出され膨らんでゆくだけなのだ。これこそが我々の血税の行く末なのだ。

もちろん一方で「『放置』自転車」が他者の行動の支障になっていることを全否定するつもりはない。もっともこれについては,感情論や思い込みによるものでなく,確たる根拠のあるものか否かを吟味する必要があることを指摘するにとどめておこう。

前置きが長くなってしまったが,本題に入ろう。問題は,自転車に対する負担の重さである。現在自転車を新たに購入すれば,本体価格以外に,防犯登録手数料(500円)と消費税がかかる。防犯登録は義務化され,車のナンバーと同様の位置づけになっていることから,これも一種の税負担と見なすことが出来る。これにさらに1000円が一律に加わるとどういうことになるだろうか?

10000円の自転車の場合:
(10000+500)×1.05+1000=12025  税負担は約20%
20000円の自転車の場合:
(20000+500)×1.05+1000=22525  税負担は約13%
30000円の自転車の場合:
(30000+500)×1.05+1000=33025  税負担は約10%

というように,安い自転車ほど税負担率が高くなるという逆進性が明らかになる上,現在流通する自転車の大半を占めるであろう,30500円以下の自転車の場合のそれは1割を越えてしまう。かつての物品税であれば,日用品ではなく贅沢品というべきものに高い税率を設定していたが,ここでは,より生活に対する必要性と切実さが高いところに,重い負担を強いるというものであり,まさに生活者・弱者いじめに他ならない。しかも国ではなく,地方自治体が独自にこのような大衆収奪手段を生み出すに至っては,地方税法上の課税権の濫用であるといわざるを得ない。こうしたものを自区で強行するのみならず,他の特別区にも勧めるに至っては,犯罪的ですらあるといわねばならない。

負担の重さのみならず,こうした負担そのものの必要性・必然性自体もまた検討しなければならない。この20年来「受益者負担」なる言辞が大手を振ってまかり通っているが,それによってもたらされたものについてもまた多言を要さないであろう。自転車を巡る情況に関していえば,これまでにもかけられているものについても,自転車利用者が本当に負担すべきものかどうか,再検討すべきものは少なくないはずだ。

たとえば,欧米では駅前などの自転車駐輪場は無料である。長距離の移動については,バスに取り付けられたラックを使用して,追加料金なしで運んでもらえ,その利用者が結構多いという。また地下鉄を含めた鉄道への自転車持ち込みが認められているところもある。しかもこうした社会的な自転車利用環境の整備に,特別な税負担があるという話は聞かない。

地球温暖化への危機感など,地球環境に関する問題意識もさることながら,自転車にとって優しい街が,自転車のみならず,弱者を含めた多くの人に優しい街になるとの共通認識が,それを可能にしたといえるであろう。

(2000.12.01「荒川区による『自転車税』導入策動を弾劾する」として掲載。2000.12.06改稿)

追記

12日のTVニュースで,荒川区長・藤枝和博が区議会において「自転車税」導入断念を表明したことが伝えられた。これは,区議会はもとより,駐輪場建設などの「『放置』自転車」対策を求める市民や,課税による売上減少が懸念された区内自転車販売店の反対の結果だという。従って,自転車利用者の立場に鑑み,その声を聞いてのものではないことを,忘れてはならない。今後同区はもちろん,他の自治体において,同様の,また形を変えての自転車いじめ政策が画策される可能性は大きい。それにも増して,自転車利用者の立場を守り,声をいかに上げてゆくかという課題が,今後に残されていることを,忘れてはならない。

(2000.12.12)