中野区における実例

東京23区の中でも西方に位置する中野区は,東側の新宿区と西側の杉並区に挟まれ,南北に長い領域を持つ。東西方向の交通としては,区北部を通る西武新宿線,中央部を通るJR中央線,南部を通る営団地下鉄丸の内線といった鉄道があるが,南北方向に走る鉄道はなく,若干の交通量の多い道路を除けば,移動の便はよくない。定時性が確保されず運送量にも制約が大きい公共交通機関を当てに出来ないために,駅までの自転車利用,すなわちpark & ride的需要が高いことは,近隣他地域の中央線の駅の場合と同様である。

中野区は,教育委員の準公選制を全国自治体の最後まで維持してきたことにも示されるように,市民の意識と主体的行動力・影響力の比較的強い地域であった。2002年8月の開始後1ヶ月余り後ではあったが,9月11日に,住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)との接続を切断するなど,市民の意識の高さと主体性に配慮した施政が,今日でも行われているような印象を与える事例が散見される。しかしなから,環境や自転車に関しては,こうしたものとはおよそかけ離れた愚劣な政策が強行されている。

自転車敵視日本一となった中野区当局

2002年度に入り,中野区当局は自転車敵視政策の強行をエスカレートさせている。5月からJR中野駅前の「“放置”自転車」を毎日「撤去」すると,マスコミを利用て放言したのに始まり,7月からは「撤去」した「“放置”自転車」の返還に際して5000円を要求するようになった。従来この種の費用は3000円が上限であったが,東京都千代田区と千葉県市川市が4000円としたのを,わずかな期間で中野区が追い越し,目下全国最高額となっている。こうした金額それ自体にとどまらず,かかる金額を強要するに至るいっさいの過程を含めて,中野区当局は自転車敵視日本一といっても過言ではない。


「放置規制区域」を示す看板 (2002.10.2)

JR中央線中野駅付近にて。全国最高額の引取費用を強要する旨を居丈高に示す。

自転車敵視日本一への転落過程

そもそも中野区当局では,自転車は都市整備部(旧・建設部)交通対策課自転車対策係の管轄である。区の組織を見る限り「対策」の文字がつく部署は3つであり(あと1つは同課交通対策係だがその「対策」の対象は不明確)。しかもそのうち明確に「対策」の対象と位置づけられているのは唯一自転車だけであることも明らかである。これが区当局の自転車観を示すものであり,ドラスティックにエスカレートした自転車敵視政策の前提である。


JR中央線中野駅南口付近 (2002.10.2)

中野区当局がメンツをかけて自転車放逐に狂奔している場所。


JR中央線中野駅南口の駐輪場と駅間ガード下 (2002.10.2)

中野駅南口から延びる商店街の一つを抜けたところにある。一日利用100円,月極利用1000円という料金は,相対的にではあるが後者を優遇しているものといえる。丸井以外に大規模小売店舗がないこのあたりの商店としては,駐輪料金が客足と売上げに対する打撃となる。

主体的市民の無視・抹殺

こうした兇行の伏線を中野区当局発行の文書やホームページなどからたどっていこう。中野区当局の自転車と利用者に対する意識を示した文書の一例として「「中野区の自転車対策」調査結果報告書(キャッシュしたもの)」をあげることができる。ここに込められた中野区当局の自転車観と政策姿勢をみていこう。

自転車利用者の立場無視と市民的尊厳の蹂躙

この文書は,区当局が「区政モニター」に対して,自転車を文字通り「対策」の対象として認識させ,そのやり方について,区当局の立場に立ち,一方的な情報をも吹き込みつつ,その意向が反映された選択肢の枠内に収斂させる形で“意見”・“回答”を求めた結果である。いわば「区政モニター」をして当局者の意向を代弁させたものである。

「区政モニター」は,自治体の首長や議員のように選挙で選ばれるものでも,地域自治会役員のように住民の互選で決められるものではない。一応は自薦もあろうが,結局は区当局が選ぶものである。区当局自身も「区政モニターは、男性モニターが多く、年齢では50代以上が71%を占めるなど、区民全体の属性分布と大きな隔たりがあります」と,単なるアンケート調査の対象抽出としても問題があることを認めているが,自転車利用に関してはそれにとどまらない。年齢構成では,30代が全体の1割余に過ぎず,10代・20代にいたってはゼロである。通勤・通学で日常的に自転車を利用することの多いのみならず,その切実性が高い年代が,単に相対的少数に抑えられているどころか無視すらされている。また区当局が自転車敵視政策においてとりわけ猖獗を極めている地域の居住者が少ないのも異常だ。

すなわちこの「区政モニター」は,自転車利用の頻度が高くないだけでなく,その切実性・必要性も少なく,かつ区当局の兇行の実態にも疎く,それへの問題意識の欠如した部分によって構成されていると言わねばならない。そうした上で,調査対象や方法が異なる「昨年度実施した中野区世論調査結果」と“比較”して「今回のモニター調査回答者は、区民全体と比較して、日常的に利用されている方の割合がやや多い傾向にあると言えます」などというデタラメまでぶちあげている。ここにいたって中野区当局はデマゴーグに成り下がったといわねばなるまい。

もちろん自転車利用者といっても,その利用形態は多様である。その点では「区政モニター」の中にも「自転車利用者」も含まれよう。しかしかかる部分が,多様な自転車利用者を代表する存在・立場ではないことも忘れてはならない。自転車利用者の立場を確立し権利を拡大する過程で,その多様性を認識し尊重することは,主体としての市民が内包する多様性を認識し尊重する中で,なされなければならないものである。したがって中野区当局による「区政モニター」を利用した「「中野区の自転車対策」調査」は,自転車利用者の立場を無視するだけでなく,市民的尊厳をも蹂躙するものである。

問題のスリかえと政治的意図

「調査」の項目は,「中野区の自転車対策」に広く及ぶが,「対策」のやり方・方法一般についてのものとコストに関するものとに大別できよう

設定された調査項目やそれに対する回答を見る限り,「自転車対策」を利権の対象とみなして,わざと不必要なコストをかけることを求めるようなものは見られない。また公営駐輪場のサービス向上や利用料の低減,効率的運営などを求めるものなど,おおむね妥当性の高いものが目に付く。また,公営駐輪場の無料化や「駅周辺の道路は、優先的に自転車駐車場とする」といったような,欧米先進国をはじめ諸外国では当然でありながら,日本ではほとんど行われていないばかりか,そうした意見の存在や方向性をも無視・抹殺しがちなものについても,調査項目や回答の対象範囲内にあるという点では,一応評価すべきものといえよう。

その一方で自転車利用を抑制するなど敵対的姿勢からの調査項目や回答も散見されることも見逃してはならない。しかもこうした調査項目や回答は単にコスト面のみならず,広く合理的・理性的方面からの裏付けを欠いたものも多く,その少なからざる部分が単なる感情論であることは,一見して明らかだ。

だが問題はそれにとどまらない。「撤去」した「“放置”自転車」の返還に際して5000円を要求することについては,まずそれへの主観的・印象的評価を回答させている。そうした設問自体,「“放置”自転車」というレッテルのもと自転車と利用者に対する敵対的・侮蔑的意識を植え付けるものであり,理性的・合理的議論・判断の芽をつみ取るものである。また,「この引き上げについては、区民の意見も分かれるところです」としていることからも,区民内部さらには自転車利用者内部に分断を作り出そうという,政治的意図を読みとることができる。

「調査」ではこの直後に「撤去自転車の処分方法についての意見」なる設問が続く。ここで「モニター見学会では、放置自転車の撤去現場や撤去自転車の保管場所を見学しました」としていることから,区当局側からの一方的な情報注入が行われてことも認識しておく必要がある。そうしたバイアスも前提にして,リサイクル・販売・無償譲渡など各種の方法について「意見」を書かせたのがこの設問だが,この直前に件の「撤去手数料」に設問を並べることで,「“放置”自転車」の「撤去」を中心とした自転車対策と5000円の「撤去手数料」があたかも妥当性のあるものであるかのごとく,回答者をして思いこませる作用を意図していることはもはや明らかだ。このことは,単に5000円という金額が,平均的な「“放置”自転車」の「撤去」にかかるコストの約1.5倍であること以上に重大な問題だ。

「啓発」されるべきはどっち?

「区民意識の啓発について」という項目があるが,ここでは「啓発」の方法・手段についての選択肢が提示されているだけで,具体的内実は示されていない。「区民意識」をどのようにして当局者の意に添う形に作り替えようとするかに関わる部分だけに注意を要する。また当局内でその内実を持ち合わせていなくとも,大衆操作の危険性が一人歩きするものであることを忘れてはならない。さらに「啓発」という行為・働きかけが,その主体と客体との関係をいかに規定するかを見逃してはならない。

『広辞苑』によれば「知識をひらきおこすこと。開発,啓蒙」とある。またこの語義以前に「啓」・「発」各々の文字に「ひらく」という意味がある。したがって「啓発」とは,単なる情報提供や広報活動を意味するものではないのだ。「ひらく」という働きかけの前提として,その対象がいまだ「ひらかれていない」状態にあると認識し,位置づけていることとなる。これは単に知識や情報をもっていないというだけでなく,それに対する見識や理解がないものと,みなしているということだ。このことは「啓蒙」という表現によりいっそうハッキリする。「蒙」は「無知蒙昧」のそれである。すなわち,何も解っていないバカどもに教えてやる,そうすれば当局の思うように行動するはずだと,考えているのだ。これがパブリック・サーヴァントたる公務員が主権者に対してとるべき態度でないことは,もはや説明を要しないであろう。むしろ「啓発」されるべきは,彼ら中野区の行政当局者とそれに盲従する「区政モニター」の面々ではないのか。

こうした一連の過程は,自転車敵視政策の強行,環境に優しい政策実現への逆行にとどまらず,これまで中野区において営々として築かれ,伝統としての蓄積すらもった市民社会の主人公としての主体的市民の存在そのものをも無視・抹殺するという,きわめて反動的・犯罪的なものであるといわねばならない。

区内外での自転車利用環境

南北に長い中野区は,西武新宿線沿線の北部,JR中央線沿線の中央部及び営団地下鉄丸の内線沿線の南部に分けることができる。そしてこれが自転車利用情況・環境の特徴も規定したものであることがわかる。

中央部:JR中央線沿線

JR中央線沿線に相当する中央部は,「“放置”自転車」対策などと称して,自転車敵視政策がもっとも猖獗を極めている地域である。とりわけ区の表玄関・中心部であり区役所のお膝元でもあるJR中野駅付近においては,区当局のメンツをかけて自転車虐待に狂奔している。


JR中央線東中野駅付近 (2002.10.2)

東中野駅には快速電車が止まらない上,地下鉄東西線落合駅に近いため,従来JRの利用者は多くなかったが,光が丘と新宿を結ぶ都営地下鉄12号線(通称「大江戸線」)開通して利用者が増えたのであろうか。山手通りの下を走る地下鉄の近くに地下駐輪場が作られた。

JR中央線沿線では,南北方向にクロスする公共交通機関が,道理事情により定時性が確保されなかったり輸送量に制約が多い一方で,地形が平坦であることから,駅までの自転車利用が多い。これは中野区に限らず,杉並区・武蔵野市・三鷹市などとも同様である。しかしながらこうした以西の区市と違って都心への直接アクセスが可能もしくは比較的容易な中野区において,中野区当局が自転車放逐に狂奔することを正当化する理由は,どこにもない。

北部:西武新宿線沿線

中野区北部は新宿・高田馬場からのびる西武新宿線が東西に走っている。同線はほぼ並行する池袋線と比べて駅間が短いため,駅までのアクセスは便利だが所要時間の点では,距離の割には都心へのアクセスが不便だ(しかも区内西端,すなわち新宿から最も遠い鷺宮以外に急行が停車しない)。だがそのおかげで,不動産価格が抑えられ,周辺地域と比べて生活費が安くてすむとされる。住居のみならず食料品などの日常生活必需品の価格もまたしかりである。


西武新宿線新井薬師駅付近 (2002.10.2)

線路沿いの路上を無料で利用できる駐輪スペースに活用している。よけいな費用をかけず,かつ要求せずという,リーズナブルな自転車利用が可能。


西武新宿線野方・沼袋駅付近の駐輪環境 (2002.10.2)

野方駅の下を環七通りがアンダークロスする。側道を無料で利用できる駐輪スペースに活用している。これも当たり前のことが出来ている数少ない例。沼袋駅南側の駐輪場は,用地の形状からラック収納となっている。こちらは有料。

自転車利用にかかるコストについても,中野区北部は安価に抑えられる。区が運営する無料利用可能な駐輪場のうち,ほとんど全部がこの地域にある。とはいうもののこうした公共性の高い駐輪場は欧米先進国をはじめ諸外国では無料が常識であることを考えれば,相対的にではあるが,グローバル・スタンダードに近い情況にあるといえよう。

南部:丸の内線沿線

低湿地が多く,最近までちょっとした雨でも神田川の氾濫に悩まされてきたが,新宿などの都心へのアクセスにおいて,中野区内で距離・道路事情の点でもっとも有利なのが南部である。地下鉄丸の内線が地下を並行する青梅街道をはじめ,以南の各所から新宿方面に直行できるルートも多い。


営団地下鉄丸の内線新中野駅付近 (2002.10.2)

丸の内線は新宿−荻窪間で青梅街道の下を走る。新高円寺から副都心・新宿までは間近。

東隣の新宿区のみならず,南隣の渋谷区,西隣の杉並区とも,日常生活での自転車を利用して移動する機会は多い。学校の通学圏だけでなく,区境近いところに多く存在する商店街の商圏が区境をまたいでいるからだ。

(2002.10.29, 11.7)