東京都北区における実例

「北区」とよばれるところが日本にはいくつかあるが,そのほとんど全部は,大阪・神戸・京都などの政令指定都市の区割りの名称である。しかし東京都の北区は,「市」にほぼ匹敵する23特別区の一つであり,自治体である。

文書・ホームページに見られる区当局の自転車観

北区当局の自転車と利用者に対する意識を,文書・ホームページから見れば,侮蔑的で,利用者を選別し,利用を抑止しようとするものであることが判る。しかもそうした,文字に現れた特徴は,23特別区のすべてと,全国自治体のほとんどと比べても突出したものである。

北区では,建設部建設管理課交通対策係が自転車を担当している。しかも同区組織中,部署名に「対策」の文字がつくものは数少なく,自転車を「対策」の対象と明確に位置づけての敵対的姿勢がよみとれる。交通対策係のページは製作途上と見えて,目下「放置自転車対策」のうち「1.自転車駐車場の運営」・「2.放置自転車の撤去」だけが製作され,これに「3.民営自転車駐輪場に対する補助」を加える予定と思われる。(「3.」については,一応期待をもって見守ることとして,ここでは,駐輪場建設・運営によって利権が発生し,営利事業化されることで,自転車利用者の負担が増大し,利用者の利害と乖離したものとなる危険があることを指摘するにとどめておく)。

利用者蔑視の姿勢

「2.」の項目に進むと,「自転車の放置防止啓発(キャッシュしたもの)」なる表題の文書に行き着く。ここに北区当局の姿勢が集約されているといえる。

まず標題の「啓発」からして問題だ。『広辞苑』によれば「知識をひらきおこすこと。開発,啓蒙」とある。またこの語義以前に「啓」・「発」各々の文字に「ひらく」という意味がある。したがって「啓発」とは,単なる情報提供や広報活動を意味するものではないのだ。「ひらく」という働きかけの前提として,その対象がいまだ「ひらかれていない」状態にあると認識し,位置づけていることとなる。これは単に知識や情報をもっていないというだけでなく,それに対する見識や理解がないものと,みなしているということだ。このことは「啓蒙」という表現によりいっそうハッキリする。「蒙」は「無知蒙昧」のそれである。すなわち,何も解っていないバカどもに教えてやる,そうすれば当局の思うように行動するはずだと,考えているのだ。これがパブリック・サーヴァントたる公務員が主権者に対してとるべき態度でないことは,もはや説明を要しないであろう。むしろ「啓発」されるべきは,彼ら北区の行政当局者ではないか。

もちろん,住民に対して,公共の福祉の増進という観点から,意識変革や行動を求めること自体の必要性を否定するものではない。公衆衛生のごときはそのいい例である。しかし自転車に関して,このことは全く当てはまらない。利用者のニーズに対して,当局自身の認識と意欲が追いついていないだけだ。これを棚に上げて,一方的に利用者の責に帰すものに他ならない。まさにあってはならないものだ。

コトバによる自転車虐待

「“放置”自転車」の“定義”として,「自転車の安全利用の促進及び自転車駐車場の整備に関する法律」(いわゆる「自転車法」)第5条6にある「利用者が当該自転車等を離れて直ちに移動することのできない状態にあるもの」を挙げているが,これは刑法の「占有離脱物」と同様のものであることがわかる。いわば,「“放置”自転車」を盗んでも「窃盗」ではなく「占有離脱物横領」,すなわちドロボーではなくネコババとされ,罪を減じられるに等しいといっているに過ぎないのである。

こうした状態にあるものすべてが「対策」の対象になるわけではない。「対策」の対象になるのは,区条例で「放置自転車整理(禁止)区域」に指定された範囲にあるものだ。もちろん条例自体は区議会で決定されるが,「区域」の指定はもっぱら行政当局の裁量でいかようにも決められるのである。これについても権力の肥大化を招くものとして注意が必要だ。

「移送」については,辞書的な意味では「移動」とほぼ同様であるが,逮捕者・犯罪容疑者についてはもっぱら前者が使われることから,これが自転車及び利用者の尊厳をないがしろにする不当な表現であることも見逃せない。(「放置」・「移送」などのコトバの不当性については「日本の都市における自転車利用の現状」を参照)。

なりふりかまわぬ自転車利用抑制

前述の「自転車の放置防止啓発(キャッシュしたもの)」は,以下のような文言から始まっている。

放置自転車はこんなに迷惑になっています

1歩行者の通行を妨げ、駅周辺の住民や商店街の方が大変迷惑しています。
2救急・消防活動の妨げになり、大変危険です。
3放置自転車にぶつかって衣服を破いてしまったり、ケガをする事故が起きています。

自転車利用される方は次のことを守ってください

1自転車は決められたところに置きましょう。
2駐輪施設がないところへは、自転車利用を控えましょう。
3駅から近い人は健康のためにも歩きましょう。

一見もっともらしいが,その内実を少しでも分析していけば,おかしなものであることに気付く。まず前者の1にいう「迷惑」とは,自らの身近な生活空間に他者の存在を認識することへの嫌悪感,駐輪する自転車利用者が商店の売り上げに寄与しないことへの反感が多分に含まれている。自らが何らかの形で移動する側の立場について思いを致すことから始めなければ,問題の解決は図れない。これが共生の前提であり,かかることこそ“啓発”すべきではないか。また商店においては,買い物のためだけでなく,通勤・通学のために駐輪する利用者にも魅力あるマーケティングをすれば,単なる問題解決だけでなく,商圏の拡大と売上の増加がもたらされる。

続く2に関していえば,実際に災害や事故現場を見れば,何の説得力も持たないことは明らかだ。3に関しては,まず,「自転車」は集合名詞でもなければ,固定物でもないことを前提として確認しなければならない。個々の具体的・現実的存在としての「自転車」があるだけだ。もしこのような事例が実際にあれば,その具体的事例に対して対応・対策をとるべきであって,抽象的・一般的次元では決して対応・対策できないものだ。こうした根拠不明で信憑性のない言説を流布することは,いわば官製の「流言飛語」であり,自転車敵視意識の醸成に加担するものである。

後半については,利用抑止の姿勢が見える。しかも「区の駐輪施設のご案内(キャッシュしたもの)」において基準を設定するにいたっては「交通権」の侵害ですらある。これはいずれも,自転車がその場所にあるということは,利用者が目的をもって行動した所産であるという,当然のことを認識し,自転車を移動手段のひとつとして位置づけ,他との共生を図ることで,解決されなければならないものである。北区当局者にかかる認識と位置づけが欠落していることで生じる問題であるに過ぎず,自転車利用者の責に帰すべきものではない。3にいたってはもはや呆れるしかない。やめることで万人の「健康のため」になるのは喫煙ぐらいのものだ。

再開発と景観の変化のなかで

この10年あまり,バブル経済の時期を経て,再開発のために,王子や赤羽の景観は大きく変化し,自転車と利用者の利便性と情況は悪化している。


赤羽駅北東側(2002.2.7)

高架下を駐輪場に利用している。奇妙なことに,これはJRの外郭団体の運営だが,通勤者用ではなく買い物客用である。また線路沿いには駐輪場に利用可能であり利用すべき空き地がある。




赤羽駅南側(2002.2.7)

駅コンコース内の商店に最も近く,駐輪場からは最も遠いところに,多くの自転車が止められている(右)。駅西側には大規模スーパーなどがあり,これらの自転車がその繁盛ぶりを示している。赤羽駅付近でもっとも南,すなわち駅入口からはもっとも遠いところにある駐輪場。北区の公共施設としてはもっともカラーセンスのいいものであろう。中は明るく見えるが,周囲は暗く人通りも少ない。特に夜間女性には危険。


十条駅(2002.2.7)
いくつもの商店街が駅附近から延びている。そのため駐輪場の中には,商店街を抜けて駅から10分も歩かねばならないところも。いうまでもなく見つけにくく利用しにくい。



東十条駅(2002.2.7)
駅入口は陸橋上にある。駐輪場は高低差も大きく,駅と街路の両方にアクセスが不便。



王子神谷・西ヶ原(2002.2.7)

いずれも地下鉄南北線上。歩道上に駐輪スペースとして指定されたところもあるが,駐輪需要に対しては不足している。近くのスーパーの前に駐輪されているものも(左)。「“放置”自転車」扱いされているものも(右)。しかしいずれもこの近くに駐輪に活用できるスペースがまだある。


北とぴあと王子駅北口付近(2002.2.7)

「北とぴあ」は,バブル期に建設された,ホール・会議室からプラネタリウムまで備えた公共施設で,王子近辺の景観を変えた(左)。王子駅北側の駐輪場は,駅や商店から遠く,中には見つけにくいものもある,またいずれも有料である。

複雑化する他機関との関係

北区の公営駐輪場は,比較的効率的かつ経済的につくられており,浪費はなされていない。管理員の自転車や利用者に対する態度も悪くない。北区当局は他機関との連携の促進をめざしている。これが駐輪場と管理員の資質向上にある程度寄与するだろうが,一方で利便性の悪化と,利用者が負担する費用の増大をも招くであろう。欧米ではこのような駐輪に際して,費用も登録も不要であることを,想起しよう。


王子駅東部の駐輪場(2002.2.7)

東北・上越新幹線の高架下を利用した駐輪場は北区が運営しているが,もう一方は東京都の外郭団体が運営している。そのため利用者にはややこしく不便なものとなっている。附近の再開発により,これらの駐輪場の行く末が懸念される。


王子駅南側と北側の駐輪場(2002.2.7)

JR王子駅の南側には駐輪場がない。飛鳥山・西ヶ原など,南側から来て電車を利用する人は,この附近に駐輪することとなる。王子駅北側にはショッピングセンターがある。区が運営する駐輪場がその隣にあり,ショッピングセンターで1000円以上の買い物をすれば,駐輪料金(100円)が無料になる。




駒込駅付近(2002.2.7)

駒込駅は営団南北線とJR西口が豊島区で(左上),東口が北区(右上)。豊島区側ではわざわざもっとも建設費と維持費(言うまでもなくこれは利用者に転嫁される!)がかかり,収容台数が少なくなる地下駐輪場を建設し,その上の地上部を活用しないままにしている。そのため,六義園近くの文京区の路上への駐輪も(下)。これに対して北区では,線路際のスペースを有効利用して,無駄な費用をかけず,利用しやすい形態になっている。「豊島区における実例」参照。

(2002.2.11)