豊島区による
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事業者、過去の区との経緯を全く語らず、いまさら「協議会を作ってもらえばそこで論議したい」...できることは何? (余談:私が唸った事業者さんの印象的な言葉「.......豊島区とJRとの過去のいきさつを詳細に承知しているわけではないので、なんとも言えないのですが.......」???) ……池袋駅はメトロポリタンプラザの開発に伴った店舗顧客用の駐輪場で、放置自転車対策のためではないということが理事者の説明から明らかになりました。又、大塚駅にいたっては、数年前区が有料で敷地を借りて駐輪場としていたが、近隣にくらべ法外な高い賃料であり、それを再三下げてもらうよう交渉したが、鉄道側に聞き入れてもらえずやむなく契約を解消したという経緯が明かになりました。しかし一転、手の平を返したように昨年、豊島区新税検討会でその点が話題になったので、なんと�猝欺�提供�瓩箸い�事になり今年の1月から駐輪場として使用が再び開始になりました。なぜ早く賃料を下げる協力ができなかったのでしょうか?…… (全文はこちら) |
これは,区議会副議長をつとめる人物の言である。主観的には,豊島区当局が行う「“放置”自転車」“対策”に,鉄道事業者が「非協力的」であることを批判したつもりであろう。だが客観的には,事実を歪曲し,合理的・理性的判断を欠いた,恣意的・一方的・感情的なものであるのみならず,“新税”をタテにとっての恐喝ですらあることは,こうした部分をみただけでも,冷静に考えれば誰にも解ることだ。
このくだりは,第三者的観点では,豊島区当局と鉄道事業者の言い分の食い違いが目立つ点であるといえるが,それととともに“放置”自転車“対策”における豊島区当局の独善性とデタラメぶりを端的に示すものでもある。
ここでいう「協議会」とは何か。「自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律([改正]自転車法)」では「自転車等の駐車対策を総合的かつ計画的に推進するため」(第七条)に,「重要事項を調査審議させるため」の「自転車等駐車対策協議会」を設置することができるとしている(第八条)。従来豊島区にはかかるものがなかったが,豊島区当局は,駅前再開発などのまちつくに関する既存の「協議会」をもって済ませようとしていた。
かかる脱法行為まがいのすり替えを見抜くのが簡単なことはいうまでもないが,豊島区当局は,「協議会」に先だって,“新税”をタテにとって,鉄道事業者に屈服を強いようとしているのだ。こうしてつくられたものが「協議会」の名に値しないことはいうまでもない。
では実際に鉄道事業者が行ったことに対して,豊島区当局は何をしてきただろうか。
池袋駅西口のメトロポリタンプラザ駐輪場は,池袋駅にもっとも近く,それなりに判りやすい場所にあり,利用料金も区営駐輪場より安いことから,利用率はかなり高い。その一方で,駅および駅附近の商業地域から離れた公園地下にある区営駐輪場は,いっそう利用率が低下している。こうした中で豊島区当局は,メトロポリタンプラザ駐輪場の「設置根拠」が商業施設に関してのものであって鉄道事業者としてのものではないなどといった難癖をつけているのだ。これはみっともない八つ当たりというほかない。
また,JR大塚駅附近に関しては,たしかに同駅北側の線路沿いの空閑地が,一時期柵をめぐらせて立入できない状態にあったことは事実だ。しかしながら,それ以前も以後も駐輪場としての整備が特になされているわけではない。またこれより離れた急坂の上に区営駐輪場がある。これまた八つ当たりといえるが,こうした「無償提供」が,“放置”自転車“対策”を飽くなき利権追求の機会とする豊島区当局にとって,無益どころか有害ですらあるわけだ。
[改正]自転車法では,第五条2項で「…地方公共団体又は道路管理者との協力体制の整備に努めるとともに、地方公共団体又は道路管理者から同項の自転車等駐車場の設置に協力を求められたときは、その事業との調整に努め、鉄道用地の譲渡、貸付けその他の措置を講ずることにより、当該自転車等駐車場の設置に積極的に協力しなければならない。ただし、鉄道事業者が自ら旅客の利便に供するため、自転車等駐車場を設置する場合は、この限りでない」と,鉄道事業者の「協力義務」をうたっており,第七条で「自転車等の駐車対策に関する総合計画(総合計画)」において「設置協力鉄道事業者となる者と協議しなければならない」と定めている。これらのことから解るように,豊島区当局といえども,駐輪“対策”の計画策定の内容と方法についてはもちろんのこと,その本業であるところの鉄道事業との関係においても,鉄道事業者の立場や意見を無視することはできなのだ。すなわち[改正]自転車法に拠るとしても,行政当局が独断で決めたものを,一方的に鉄道事業者に押しつけて従わせることは許されないのだ。
また鉄道事業者が自らの旅客のために自発的に設置した駐輪場については,自治体の掣肘の対象外になる。これは,前述のメトロポリタンプラザ駐輪場をめぐって豊島区当局が東武鉄道に言いがかりをつけた理由のひとつでもある。鉄道事業者からすれば,駅への交通手段の整備は,個別的・直接的収益の確保・増大を目指す上ではもちろん,総合的に顧客の確保と囲い込みを図るといったマーケティング的観点からも,自らの主体性とイニシアティヴのもとで,そのあり方を決定する権利と必要がある。自転車および利用者への対応もかかるところからなされるのが自然であるといえよう。だが,そうしたものは,“放置”自転車“対策”そのものの是非および個別具体的内容の如何にかかわらず,自転車利用者および利用者との対立・矛盾が惹起する遙か以前の段階で,豊島区当局の利害と対立させられるのである。
豊島区当局としては,かかる掣肘を突破しなければ,自らの利害追求を貫徹できないわけで,そのために“課税”を恐喝手段として突きつけているのだ。かかる“課税”が,鉄道事業者いうように,[改正]自転車法がいう「協力義務」を逸脱するものであることや,税負担の不公平性から違法・違憲であることはもちろんだが,[改正]自転車法が要求する「協議」を,事実上黙殺するものであるという点でも違法なのである。
では,“課税”という恐喝手段をも利用しつつ,豊島区当局は鉄道事業者に如何なるものを要求しているのだろうか。“課税”額の試算について,JR東日本で約1億円とされる一方,西武鉄道はほとんどがかからないとの情報がある。本来なら西武鉄道にも数千万円課税されるところであるが,これは豊島区当局に対して,“放置”自転車“対策”に貢献したとみなされれば税が減免されることによるものだ。もっともこうした判断の具体的規準などはなく,豊島区当局が恣意的にいかようにもできるものだ。ここで豊島区当局は,対立する鉄道事業者の分断と切り崩しを謀ったわけだ。
同社は駅周辺の駐輪場を整備したり,駐輪場用地を区に無償提供するなどしているという。その事実関係はともかく,たしかに豊島区内の西武池袋線の駅附近には駐輪場がある。だがそれは一部を除き,西武鉄道が区営駐輪場に勝るとも劣らない利用料金を取っているもので,同線沿線は豊島区内でもっとも駐輪料金が高いところとなっているのだ。
こうしたところから解るように,豊島区当局は,鉄道事業者に対して,“放置”自転車“対策”を利権追求の機会として最大限に活用し,自転車利用者からの大衆収奪強化を,自らのイニシアティヴのもとで強行する尖兵となることを強要しているのだ。さらには,“放置”自転車“対策”にかかるコストについては,利権をさらなるものへと拡大させるべく青天井の浪費を続けることを追求し,その一方で,安価・無料で利用可能な駐輪場所を用意した事業者に対しては,この“課税”を,あたかも制裁金のごとく強要するという,敵対的・弾圧的で悪辣きわまりないことにも手を染めているのだ。そして何よりも,尊重されるべき主体的市民であり主権者の一翼を担う自転車利用者の地位・権利が,一切無視されていることを,はっきりと見てとらねばならない。
これら両“新税”は,2002年1月に公表されるまで,豊島区当局内において2年余にわたって秘密裡に追求されてきた。その後お手盛り集会などで“世論”誘導工作を行う一方,法定外税検討会議専門委員会(会長/中村芳昭・青山学院大学教授,学識者8人で構成)に「専門的な立場」から「検討」させてきた。2003年9月に専門委員会から「妥当」とする「報告書」が出されてからは,秋に「パブリックコメント」なるものを募り,お手盛り集会でよせられた言説とあわせて,あたかも区民が両“新税”を支持していると見紛うようなキャンペーンを張りながら,区議会での審議に入った。
区議会では,総務委員会を経て12月10日,建設・不動産業者や鉄道事業者らからの切実な反対の声を封殺するように,本会議で自民党・公明党などの賛成多数で可決された。
そうした中にあっても,「狭小住戸集合住宅税」については,日本共産党4名,無所属改革クラブ2名,行革110番1名が反対,民主党の1名が採決時に議場から退出,「放置自転車等対策推進税」については,無所属改革クラブ2名,行革110番1名,生活ネット1名が反対,民主党2名(JR東労組が支援)が議場から退出するなど,少数ながらも(もっとも豊島区当局と区議会以外ではこちらの方が多数だろうが)この不条理にあらがい良心を貫いた者もいた。
その後総務大臣の「同意」に向けて総務省と協議に入り,2004年3月30日「狭小住戸集合住宅税」について「同意」が出たとし,6月からの強行がもくろまれている。一方,「放置自転車等対策推進税」については,鉄道事業者が,これを違憲・違法であるとし,他自治体からの同様の課税や他鉄道事業者への影響が深刻になることなどから,訴訟も辞さない構えで反対の意思表明を続け,総務省・国土交通省などに,同意しないよう求めていたこともあって,総務省は4月9日,鉄道事業者と豊島区当局関係者をよび,意見聴取を行うなど,目下,若干の慎重な対応をしている。
※法定外目的税に関して
地方税法においては,使途制限がない普通税と,特定の使途に制限されている目的税とがあり,各々に同法で定められたものと,それ以外に自治体独自に課税するものとがある(「地方税の体系」参照)。後者が法定外税だが,2000年の同法改正で,自治大臣の許可制度が廃止され,自治省(→総務省)と協議の上自治大臣(→総務大臣)の同意を必要とするものにかわったことを受け,各地でバカげた課税が族生することとなったわけだ。「課税自主権の尊重による地方税の充実確保」などというものの実態がこれだ。市町村の場合,市町村民税・市町村たばこ税・固定資産税(国有資産等所在市町村交付金)・鉱産税・特別土地保有税・軽自動車税が法定普通税,入湯税・共同施設税・事業所税・宅地開発税・都市計画税・国民健康保険税・水利地益税が法定目的税であり,これ以外の普通税が法定外普通税,目的税が法定外目的税となる。
当初「ワンルームマンション税」は,床面積25平米以下の部屋が15戸以上,総室数の1/3以上を占める3階建以上のマンションを対象としていたが,専門委員会は,課税対象を広げて,「狭小住戸」全般に課税することが適当だとし,1戸当たり29平米以下のワンルームマンションに1戸当たり50万円を建築主に課税する「狭小住戸集合住宅税」となった(8戸以下のアパートについては免除)。これによって,年間3700万円の税収を見込んでいるという。またあわせて,税の性格を当初の法定外目的税から法定外普通税へと変更した。
このように,課税対象を広げることで,いっそうの大衆収奪を策す一方,法定外目的税とすることについては,お手盛りの検討会議の中の「学識経験者」から異をとなえられたわけだ。
そもそも使途を特定の対象に制限されている目的税については,その税が設定される前提として,それを財源とした支出対象が存在しなければならない。この「ワンルームマンション税」改め「狭小住戸集合住宅税」の場合は,ファミリー世帯の定着を図るとしながらも,それについての具体的政策を提起してこなかったわけで,目的税をつくってもその使途が存在しないのだ。使途が存在しない目的税をつくれば詐欺か恐喝でしかない。
この点で,「“放置”自転車」の“対策”を,飽くなき利権追求の一環とする中で,さらなる利権拡大のために,それを目的対象とした「放置自転車等対策[推進]税」と,根本的に性質が異なるのである。
この当たり前のことにあわせて“新税”の体裁を繕うことが,検討会議で2年間審議された結果なのだ。後には「豊島区にはワンルーマンションは建てられなくなってしまう」という建築・不動産業者の悲痛な声と,課税が転嫁される購入者・賃借者への大衆収奪が生み出されることとなった。この課税策動の背景に,豊島区役所近くのワンルームマンションに風俗店が入ったことへの区当局者の感情的反発があるともいわれる。政策としての空虚性からすればさもありなんとも思われるが,犠牲となる人民大衆からすればたまったものではない。
当初「放置自転車等対策税」は,「“放置”自転車」および区営駐輪場を利用している自転車1台当たり3000円という計画であったが,さすがに専門委員会でもこうした課税を認めず,課税総額を区が算定し,鉄道各社の駅の乗車人員に応じて税額を割り当てるよう提案,事業者に対する税額は区の負担額から利用者が負担している額を差し引いた額の1/2以下が妥当とし,区内の駅の初乗り客1000人に740円を基準に課税するとした。
これは一見,豊島区当局の意図からすれば後退したように錯覚するかもしれないが,当初なかった「推進」の2文字が加えられ「放置自転車等対策推進税」と名称か改められたことにも示されるように,豊島区当局の挑戦的姿勢はエスカレートしている。
専門委員会も,「“放置”自転車」の「撤去」など「対策」費用を区や関係者が分かち合うのは合理的だとするなど,自転車が都市交通の一手段であること,利用者が主権者の一翼を担う存在であることを一顧だにせず,利用者がその目的に従って利用している自転車を一方的に「“放置”自転車」などとレッテルを貼り,「対策」の対象にすること,さらにはこれを飽くなき利権追求の機会に利用していることなどに,何らの疑問を抱くことなく,これを所与の前提として,かかる枠組の中で,鉄道事業者や自転車利用者をはじめとする人民大衆をいかに欺くかに腐心しただけのものだ。およそ学識経験者の名に値しないものだといわねばならない。以後「御用学者」とか「曲学阿世の徒」とでも名乗るがいい。
「放置自転車等対策推進税」に関する詐術と政治性は,区当局が恣意的にいかようにも課税できるものであることに集約されよう。当初の課税方法でも専門委員会が示した課税方法でもほぼ同様に課税総額を年額2億円程度を見込んでいることからも解る。はじめに課税ありき,目標金額ありきで,その口実は後からつくるという姿勢が,検討会議や専門委員会の報告がどうあれ,一貫しており,またこれが所与のものとされているのだ。
その第2は,先にも述べたように,豊島区当局の“放置”自転車“対策”に“協力”した鉄道事業者に対して減免できるとしている点だ。実際には,利用者からの大衆収奪を強化し,一般的な“放置”自転車“対策”ではなく,豊島区当局の利権追求・拡大に“協力”したものに対する褒美とし,一方,豊島区当局の意に反し,利用者に相対的ながらも便宜を図り,利権を縮小させるものに対しては制裁金として機能させるものとなっている。
また,マスコミ報道などを通して「豊島区当局vs鉄道事業者」との枠組でとらえられることが多くなっているが,かかる枠組に視野狭窄させてはならない。多くの人が集まる施設の中で,駐輪場設置が求められているのは,鉄道駅だけでなく,公共施設や商業施設も同様なのだ。これは,鉄道事業者がいうように,鉄道事業者だけに課税されることが不公平・違法とする理由のひとつにもなっているが,他の集客施設設置主体がターゲットになっていないということでは決してない。
ときには[改正]自転車法や条例をタテにとって駐輪場の附設義務を口実とし,またこれらをも逸脱・凌駕しつつ,自転車を敵視し,これを都市景観から抹殺するまでに,自らに追随せしめるべく過剰設備の駐輪施設の設置を強要することなどを,豊島区当局はこれまでにも行ってきた。しかもそれにあたって,異なった手段を用いて,さらにはその適用方法を一律にしないことで,事業者間を分断してきたのだ。「放置自転車等対策推進税」もこうしたものの一環であることを,はっきりと確認しなければならない。
法定外目的税自体を違憲とする学説がある。これが日本国憲法第八四条の「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」に反するというのだ。豊島区に限らず全国の自治体で法定外目的税導入策動が行われる中になって,課税内容・趣旨,導入追求の過程で課税権の濫用というべきものが多くみられることからすれば,根本的原因としてその違憲性に行き当たるとするのも極論とはいえないだろう。
また,税体系のあり方が民意反映のあり方をも規定するとの学説もある。この点からすれば,間接税,すなわち消費税のような定率税はもちろん,また定額税ともなればそれ以上となるところの逆進性をもったものが,それ自体として大衆収奪となるばかりか,かかるものが占める割合が高い税体系が,反人民的なものであることからも肯けよう。
そして注意しなければならないのは,名目上の納税者が実質的な税負担者と異なることがある点だ。所得税のごとき直接税なら納税者=負担者といえるが,間接税では商工業者が納付するものであっても,消費者・生活者である人民に転嫁され,納税者≠負担者となることが多い。消費税が解りやすい例といえよう。
豊島区当局が強行しようとしている両“新税”についても,直接の納税者はそれぞれワンルームマンションの建築主・鉄道事業者であるが,実質的には購入/賃借者・鉄道旅客(自転車利用者に限らない)となることはいうまでもない。しかもかかる実質的・最終負担者には,直接の納税者以上に,この税について異議をとなえる手段と機会が奪われているのだ。
こうした非民主性・反人民性は,法制面からも指摘できる。そのひとつを挙げるならば,地方自治法第七四条で,条例の制定・改廃について住民が直接請求できることを定めているが,これには「地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料及び手数料の徴収に関するものを除く」という例外規定がある。すなわちこの両“新税”をはじめとする法定外税についても,ひとたび成立・施行されてしまったものには,民意を直接突きつけてやめさせる道が断たれているのだ。
こうしたことは,税が及ぼす経済的影響や徴収力といったものにとどまらない,税自身がもつ権力としての他にはない特質を示すものである。
一般に何らかの政策目標がある場合,その達成をめざすにあたって,とるべき手段には選択肢がある。その手段も,キャンペーンやプロパガンダといった,それ自体として強制力をもたないながらも一定の規制力をもつものを用いる場合,行政指導などのように,それを発する者の裁量が権力作用を及ぼすものを用いる場合,法律・条例といった成文法により強制力を用いる場合など,さまざまである。ここからでも法的強制力を用いるからには,その必要性と正当性を示す必要があることが解る。
この両“新税”の場合,その政策としての妥当性はもちろん,これに対して強制力を用いる必要性も正当性も見いだし得ない。まして数ある法的強制力の中でも,とりわけ民意をを容易に封殺できる税という手段をとったことが,単に強権的であるにとどまらず,きわめて非民主的・反人民的なものであることを,はっきりと確認し,かかる課税策動強行を,厳しく弾劾するものである。
(2004.5.22)

2004年6月,「放置自転車等対策推進税」に対して,それまで慎重な姿勢で臨んでいた総務省が“同意”に向けて動き出し,9月には“同意”するにいたった。その一方で豊島区当局は,“撤去”された「“放置”自転車」の返還料金を従来の3000円から一挙に5000円に値上げするなど,自転車敵視と大衆収奪による利権追求をいっそうエスカレートさせている。この5000円という金額は,荒川区・台東区・中野区と並んで全国最高額であるが,原付の返還料金8000円は単独で全国最高額だ。
すでに述べたところではあるが,ここで今一度「放置自転車等対策推進税」と豊島区当局の問題点を振り返っておこう。
そもそも前提として,日本の自治体−行政当局が行っている「“放置”自転車」“対策”なるものは,他の先進国では見られない異常なものであることを見落としてはならない。交通政策の中で自転車の役割を没却したものであるにとどまらず,あまっさえ多様性を内包した主体的市民にして主権者の一翼をなす自転車利用者の権利を一切無視して,ただ対策の対象とのみ位置づけるにいたっては,言語道断の暴挙である。
豊島区当局による「“放置”自転車」“対策”なるものは,他の地方自治体によるそれと比較するだけでも判るように,利権増大のためわざとコストが嵩むようになされてきており,「放置自転車等対策推進税」は,そうした独善的な浪費のための財源を確保することを策したものであり,正当な理由がない。にもかかわらず,従来こうした“対策”の内実をめぐる議論や分析がなされてこなかった。
これまで幾度となく,豊島区当局は,区内における多様な生活者の特定の部分に対して,排他的・敵対的感情を煽るキャンペーンを行ってきた。「放置自転車等対策推進税」導入策動の過程においても,かかるものが,情報操作などとともに,直接的には自転車“対策”による独善的利権増大をはかるべく,なされてきたのであった。こうした大衆操作・煽動は,上からの組織化を図ったファッショ的なものである。
さらにかかる豊島区当局の背後に,「“放置”自転車」の“対策”費用を,鉄道事業者に転嫁することを積年の課題のひとつとしてきた「全国自転車問題自治体連絡協議会」があることも見落としてはならない(「「全国自転車問題自治体連絡協議会」を解体せよ」参照)。
地方自治体−行政当局による利権追求という観点からは,バブル経済崩壊後,従来的なハコモノ造りを中心とした土木利権が縮小を余儀なくされる中において,ハード建設のための新たな口実としてのみならず,裁量次第でいかようにも拡大でき,継続的・反復的にソフト面の追求も可能になる対象として,「“放置”自転車」の“対策”が位置づけられていることを指摘できる。豊島区に限らず,財政が厳しい情況にあっても,「“放置”自転車」の“対策”費用が突出して増加している地方自治体−行政当局が少なからずある理由の最たるものが,まさにここにあるのだ。
これを裏書きするかのように2004年9月,豊島区当局は「財政難」を理由に外部監査制度を廃止した。2000年4月に導入されて以来,外部監査によっていくつかの外郭団体の無駄遣いを指摘するなどされてきたが,「放置自転車等対策推進税」の強行により,「“放置”自転車」の“対策”のあり方を含めた区当局本体の財政について向けられる目が厳しくなることを見越して,従来のような浪費的利権追求に掣肘が加えられることを防ぐべく行った暴挙であるといわねばならない。
「放置自転車等対策推進税」の形式上の納税主体とされ,豊島区当局の暴政と飽くなき利権追求の直接の被害者となっているのが鉄道事業者だ。また,「豊島区当局vs鉄道事業者」との枠組でとらえられることによって,この「放置自転車等対策推進税」がもつ問題性を矮小化させ,重要な問題が隠蔽され,その本質から人民大衆の目をそらしていくものであることも忘れてはならない。
そもそも事実上,各鉄道事業者にたいする課税額は,豊島区当局による「“放置”自転車」“対策”への「貢献度」によって決められるもので,区当局に盲従し,その利権拡大に寄与することが求められる以外の何ものでもない。
鉄道事業者をめぐる情況としては,バブル経済崩壊後の長期にわたる景気低迷のなか,少子高齢化に伴う運賃収入(とりわけ定期運賃)の漸減の一方で,安全性・輸送力などの増強に対する要求が厳しくなっており,かかる方面の支出増大が不可避となっている。従来であれば鉄道事業本体の収入不足を補ってきた関連事業も不振となっているものが多く,その整理に汲々としているところも少なくない。
そうしたところに新たな支出強要が,豊島区当局によって理不尽かつ一方的になされようとしているのだ。これを鉄道利用者に転嫁するならば,鉄道利用者は自らに還元されない負担増を強いられることになり,鉄道事業者自身が経常支出を削減して捻出するならば,鉄道の安全・利便性が脅かされ,鉄道労働者の生活破壊につながる。自転車利用者に転嫁するならば,有料化・高額化された駐輪料金を強要し,豊島区当局の尖兵として大衆収奪強化に手を染めることになる。
あまっさえ自転車利用者の便宜を図り,無料もしくは安価な駐輪場を提供しようとする事業者にたいしては,「放置自転車等対策推進税」が制裁金のごとく課されることにもなってしまうのだ。この場合自転車利用者の便宜を図るといっても,顧客確保など企業としての利益にかなったものになるが,かかるものすら妨害するのは,「放置自転車等対策推進税」が,企業としての主体的な本来の活動を損ねるものであることの一端を示していよう。
これにたいして鉄道事業者側は,税負担の不公平性が違憲であることに加え,[改正]自転車法ををタテに,同法が定める,地方自治体−行政当局による「“放置”自転車」“対策”への「協力義務」の範囲を逸脱するものであり,両者間の「協議」の場が設けられてこなかったとして,「訴訟も辞さない」強い姿勢で臨んできた。たしかに日本国憲法および[改正]自転車法に照らして鉄道事業者側の主張に正当性はあるが,「“放置”自転車」“対策”それ自体の正当性・合理性・必然性を根本から問いただし,飽くなき利権追求にはしる豊島区当局の強権的・一方的姿勢を,その政治性を暴きつつ弾劾するものでなかったため,駐輪場用地(豊島区当局が高額な有料駐輪場を建設し運営するためのものである!)の提供などを申し出るなど,豊島区当局の土俵に乗せられ,恐喝されただけで,反撃力たり得ないものにとどまってしまった。
当然の反撃ができなかった理由は,鉄道事業者自身がすでに豊島区当局による「“放置”自転車」“対策”を通じた利権の供与に与っている面があるからだ。いくら都心部で土地需要が多いところといえども,すべての所有地や不動産物件(鉄道用地の貸借は,通常よりも貸し主である鉄道事業者に有利な条件でなされる)を活用しきれるわけではない。かかる遊休地を駐輪場用地として“高額”の費用で豊島区当局に借りてもらえば,それだけ収入を得ることができる。上述の豊島区議会議員にして副議長でもある木下広の言が示唆しているのがまさにそれである。
この「放置自転車等対策推進税」をはじめとする,豊島区当局による,ひいては日本の地方自治体−行政当局にも一般化できるところの,本質的問題を端的に言うならば,主体としての自転車利用者の欠如にある。
駐輪を含めた自転車利用は,主権者である市民が,自らの自由意志に基づき,その目的にそって移動する手段選択のひとつであり,他の交通手段の利用と同様である。それについては,交通権の観点から尊重されねばならない。このことを出発点にしないところから,問題としての「“放置”自転車」がうまれるのである。
自転車の走行環境整備が進まない一方で「“放置”自転車」“対策”が跛行的に突出する原因として,それを担う市区町村といった地方自治体−行政当局に主要道路の管理権がないことを指摘する向きもあるが,これは副次的問題である。こうした副次的問題の枠内に収斂するならば,国・都道府県・市区町村の各レベル間の利権争奪にしかならない。もっとも市区町村から“放置”自転車」“対策”に関する権限を取り上げるなり縮小するなりするのであれば,今回の豊島区による一連の横暴や,その背後にある「全国自転車問題自治体連絡協議会」の蠢動を抑えることができよう。
ともあれ,問題解決の王道は,主体としての自転車利用者を尊重し,それを出発点とすること以外にない。
自治体が定める法定外税の実施には総務省の同意が必要であるが,その総務省においても豊島区の課税策動にたいしては慎重な姿勢をとってきた。もっともそれには,地方税法改正に当たって予想されたであろう範囲を超えた想定外のむちゃくちゃな課税権の濫用に,法的制約や行政指導が追いつかなかった面が少なからずあろう。
ともあれ通常であれば3ヶ月ほどで「同意」決定が出されるのが普通であるなかで,総務省は,「狭小住戸集合住宅税(ワンルームマンション税)」についても一定程度そうだったといえるが,「放置自転車等対策推進税」についてはそれ以上に慎重な取り扱いをしていた。
課税の同意/不同意を決定するにあたって,課税者となる地方自治体と,納税者の双方おのおのから聴取をするのが通常というが,「放置自転車等対策推進税」については,双方を同時に,しかも公開の場でヒアリングを行う(4月9日)という,異例の形をとった。しかしながらこうした場も,双方の主張の隔たりが大きいことを確認するにとどまり,若干の矛盾点を指摘したものの,問題を掘り下げての議論はほとんどなされなかったといえよう。
麻生太郎総務大臣(当時)が,「“放置”自転車」“対策”を税でやることに率直な疑問の声を発したと伝えられるほかにも,総務省・国土交通省などの中央行政官庁の大臣や官僚,与野党国会議員などの国政レヴェルでは,当然のことながら「放置自転車等対策推進税」にたいして批判的な空気が強かった。にもかかわらず,早期の判断を強要する豊島区側に押し切られるように,鉄道事業者との協議の継続を求める「要請」を行う(5月26日付,そうしたこと自体も「異例」とされるが)という形で,自らの判断責任についてお茶を濁しながら,2004年9月13日,総務省は“同意”した。
ここに改めて豊島区と総務省を弾劾をするとともに,単にこの問題にとどまらず,法定外税自体についても,独自の施策を口実とした地方自治体−行政当局の不条理な利権追求をはじめとした独善的暴走を許すことにつながっているるものであることから,総務省に対しては,この“同意”が許さなれいものであることはもちろん,のみならず地方自治体−行政当局の暴走を阻止する責務があることを自覚し,中央と地方の間に健全なcheck and balanceの関係を構築する努力を求めるものである。
2006年2月22日,豊島区当局が「放置自転車等対策推進税」の廃止を示唆したとする報道があった。もちろんかかるものが一刻も早く廃止・撤回されることに越したことはない。だが,いかに廃止・撤回に至らしめるかが問題だといわねばならない。
豊島区当局は,「放置自転車等対策推進税」にたいする総務大臣の“同意”を得てからはもちろん,それ以前の総務省における公開ヒアリング(2004年4月9日)や,麻生太郎総務大臣が鉄道事業者と「協議」を求めていた(2004年5月26日付)段階から,一方では“同意”判断を先延ばしする総務省に怒りをぶつけながら,税を盾にとり,これを喉元に突きつける形で,その違法性・違憲性を争う構えを示してきたJR東日本・西武鉄道・東武鉄道・東京地下鉄(東京メトロ,←帝都高速度交通営団)・東京都交通局の5鉄道事業者にたいし,「“放置”自転車」“対策”への「協力」を強要してきた。その「協力」とはどのようなものだろうか。
その前に少し確認しておこう。上述の通り,地方自治体−行政当局が「“放置”自転車」“対策”を行う上で“根拠”となっているのが「自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律([改正]自転車法)」だが,この条文を素直に読んだだけでも,豊島区当局が同法を逸脱していることと,鉄道事業者側の主張jの正当性は明らかだろう。
日本の地方自治体−行政当局が行う「“放置”自転車」“対策”なるものが世界でも類例をみない異常なものであることは今更繰り返すまでもないだろう。もしそれが正当性のあるものだとしても,[改正]自転車法に拠る限り,地方自治体−行政当局は,鉄道事業者に「協力」を求めることはできるが,両者の「協議」が求められているため,その“対策”の内実を一方的に決めて押しつけることはできないのだ。
そのため「“放置”自転車」“対策”のための「協議会」の設置が求められているわけだが,豊島区では従来そうしたものがなく,ここに及んで,恐喝まがいの方法で,区側ベースで一方的に進められる土壌を作った上で,これを設置したのだ。爾来鉄道事業者は,駐輪場用地の提供を申し出るなど,豊島区当局の「“放置”自転車」“対策”への「協力」ぶりを示すことに汲々とするにいたった。
豊島区当局と鉄道事業者の関係については,直接的には加害者と被害者といえるが,決してそのように割り切れるものではない。とりわけ肝腎の自転車利用者との関係でいえば,鉄道事業者は,豊島区当局の利権追求のためになされる「“放置”自転車」“対策”に加担し,その利益の一環を供与されてきたのであって,共犯関係にあったともいえることを見落としてはならない。
この駐輪場用地の提供というものも,企業としての鉄道事業者が,企業としての利害に基づいて自ら駐輪場を建設・運営するのではなく,豊島区当局に利権追求のフリーハンドとなる機会と手段を与えるものに他ならない。
そうしたなかで,2006年2月22日,豊島区当局が「放置自転車等対策推進税」について,廃止を初めて示唆したとする報道があった。区長・高野之夫が区議会の答弁で,駐輪場用地の提供など「鉄道事業者の協力提案を高く評価」するとして「税条例の廃止も選択肢だ」と述べるなど,これまで強硬姿勢であった「放置自転車等対策推進税」を廃止することを初めて示唆したとするものだ。鉄道事業者からのカツ上げに成功した「勝利宣言」のつもりであろうか。
具体的時期については,の「総合計画」が策定される6月をめどにする模様だが,この「総合計画」なるものについても注意しなければならない。
市区町村といった地方自治体−行政当局が「“放置”自転車」“対策”を行うにあたっての「錦の御旗」となっているのがこれだが,条例のように議会の支持を要求されるものではなく,行政当局が一方的に定めることができ,その策定自体はもちろん内容についても,議会・住民・国などといった外部のチェックや掣肘を受けることのないものだ。
それ以前に,主要道路の管理権を持たない市区町村といった地方自治体−行政当局が“放置”自転車」“対策”を行うこと自体が,これを跛行的にエスカレートせしめるのみならず,道路整備や交通政策を進める上で障害となっていることも忘れてはならない。
実際,「“放置”自転車」“対策”に熱心な地方自治体−行政当局では,「総合計画」の策定をすでに行っており,その前提として要求される,“対策”事業関係者(鉄道事業者,商業施設運営者や「住民」など)との「協議」をも,自らと異なる存在への排他的・敵対的感情を煽動し,上からの組織化の機会・手段として活用している。当然かかるものに自転車利用者が入るはずはなく,「“放置”自転車」“対策”それ自体が排他的なものであるのみならず,ファッショ的色彩すら帯びるゆえんである。
豊島区当局の「“放置”自転車」“対策”に関していえば,従来かかる「協議」すら行うことなく,ここにきて恐喝的手段で「協議」の体裁をとり繕ったわけだが,独善的かつ一方的に,自らの利権追求に突き進んできたことの異常性が,この点だけでもまたいっそうハッキリするであろう。
報道ではこれを,豊島区当局と鉄道事業者の間での「痛み分け」と評している。利権追求の一面に関してはそれも間違いではない。だがかかる観点から評することは,この問題の本質を見落とさせるものだ。
直接的には,豊島区当局による「“放置”自転車」“対策”とそれを通じた利権追求の異常性に端を発したものではあるが,その異常性が突出した一現象形態としての「放置自転車等対策推進税」を廃止すればそれでいいということでは断じてない。
「放置自転車等対策推進税」を強行しようとした豊島区当局,これに“同意”した総務省を弾劾しなければならないことはもちろんだが,それを通じて根本的・本質的問題を明らかにし,積年の謬を糺すものでなければならない。
そもそも,市区町村といった地方自治体−行政当局が「“放置”自転車」“対策”を行うことによって,上からの組織化や利権追求の機会・手段となっていること,国や都道府県が行う道路・交通政策と矛盾・対立し後退させていること,そうしたものが,日本の自転車利用環境を,欧米先進国とは比べものにならない低水準かつ異常なものへとおとしめていることをハッキリと認識し,これを根底からつくりかえることが不可欠であり,かかる展望のもとでその一環とならねばならない。
何より重要にして,根本的・本質的なことは,自転車利用者が,主権者にして生活主体であり自らの精神の主人である主体的市民の一翼をなす存在であるという点で,他のいかなる存在とも引けをとるものではなく,またとってはならないものであり,かかる尊厳を持った存在が,自由意志による移動という合目的的行動の所産として,自転車を利用しているということである。
市民としての自転車利用者の尊厳の回復と確立こそ,私たちが目指すべき目標であり,取り組むべき課題である。
(2006.2.27)
豊島区の課税策動は,「“放置”自転車」の“対策”費用を,鉄道事業者に転嫁することを積年の課題のひとつとしてきた「全国自転車問題自治体連絡協議会」のバックアップのもと進められている。これについては「「全国自転車問題自治体連絡協議会」を解体せよ」を参照。
豊島区がこれまで行ってきた自転車政策が,行政当局者の自転車利用者無視・自転車敵視の姿勢と,「対策」を口実にした土木利権の異常なまでの追求に貫かれたものであることについては,「豊島区における実例」を参照されたい。
豊島区及びそれと隣接する板橋区にわたる自転車道路計画は,国土交通省(旧・建設省)の「まちづくりと自転車を考えるホームページ」で「モデル都市 8 板橋区・豊島区(東京都)」として紹介されている。また区自身が「板橋区・豊島区 自転車利用環境整備基本計画 ―概要版―」で紹介しているにいたっては,もはや呆れるばかりだ。「モデル都市」というもっともらしい名前が付いていても,その実は真に自転車利用者のためでないことについては,「TV番組「金曜フォーラム」批判」を参照されたい。